“動く腕”から“動く意思”へ - Hannover Messe2025

ロボットとAIが変える製造業の未来

ロボットとAIが変える製造業の未来

ハノーバーメッセ2025の会場で、今年とくに印象に残ったのが、ロボティクスとAIの融合が見せる新しい“働き手”のかたちでした。

これまでの産業用ロボットといえば、精密にプログラムされた動作を延々と繰り返す“動く腕”。産業用ロボットの展示会場ではすっかりおなじみ、ライトセーバーを7軸のアームでぐいんぐいんと滑らかに動かすデモが行われていました。

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高精度に、高速に同じ動作ができることが強み、逆にいうと突発的な変化への対応は難しい。つかむ物を置く位置がずれたり、対象物の寸法が違っていただけで掴めないなんていう現象が起こるんですね。

高精度のデジタルツイン活用が常識に

現在のものづくりの最先端では、「デジタルツインで十分に検証されてないものは持ってこないで。現場で何が起こるかわからないから。」という空気感です。

下の写真は、出展されていたEVバッテリーの組立工程のシミュレーション。

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「このパーツを挿入しようとするときにこんなミスが起きやすい」とか、「この工程に時間がかかっている」などの気づきを与えてくれる重要な存在です。

デジタルツインは「動線を最適化する」「モーションを検証する」「工程上のミスを減らす」といった、現実の作業を仮想空間で“安全に・効率的に”再現することを可能にしています。

でも、話はここから一気に変わります。

NVIDIAのPhysical AIがもたらした転換点

2025年1月、ラスベガスで開催されたCES2025。前夜祭ともいえるプレスデー夜のキーノートで、NVIDIAのCEO、”革ジャン社長”ことジェンスン・フアン氏が「Physical AI」を発表しました。

これが、今回のハノーバーメッセの各社の展示、説明の方法に大きな影響を与えていました。

Physical AIって何?」とは、簡単に言えば、AIが言語や画像だけでなく物理空間そのものを理解し、動作を構築できるようにするる仕組みり組みです。

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写真上:CES2024 Nvidia Keynoteより引用

たとえば、「トースターからパンを取って、右の皿に置いてください」と言われたとき、AIが

  • 言語からトースター、パン、皿などといった意味を理解し、
  • 「あの銀色がトースターで、茶色いのがパンで、白い丸いのが皿だ」と画像で認識し、
  • 重力や摩擦などの物理法則をもとに、「どんな順番でどんな動きをすれば、パンをちゃんと置けるか」を判断する。

今までのロボットなら、こうしてこうやって腕を動かすと指示をしなければならなかったものが、人に物事を頼むようにして作業を指示できる未来が見えてくるわけです。

これを実現するために、NVIDIAは、” Cosmos”という新しい技術を発表しています。摩擦や慣性、重さといった、この世の中の物理法則、我々人間なら体感として知っている感覚をロボットが扱えるようにしました。AIが、仮想空間の中でロボットの腕を使って物体を扱う練習ができるようになったんです。

つまり、「この仮想世界で何度も練習して、失敗して、最適な動きを学習する」——それがいまのAIロボティクスにおける最新の“育成法”になってきているということです。

そして、この学習の“場”としての仮想環境が、かつての“安全確認、作業最適化”デジタルツインから、ロボットアームが“考える腕へと進化するステージ”へと変化するという話につながります。

BMWのHelixが示す現実的な可能性

こうした技術が、すでに実際の工場現場でも導入され始めています。

ハノーバーメッセのロボット関連のセミナーやパネルディスカッションで登壇者がみんな言及していたのが、BMWの「Helix」というロボットシステムです。

米サウスカロライナ州スパータンバーグ工場に導入し、フィギュア社製のヒューマノイドロボット「Figure 02」を使って組立工程の試験をしています。

この取り組みでは、従来4分かかっていたシャーシ部品の挿入作業が40秒に短縮され、熟練作業員の稼働時間が1日あたり3.5時間から1.2時間に減少。その分のリソースは品質管理や改善業務に回され、生産性は28%向上、労災件数は60%減少したとのこと。

動画を見ると、ロボットが金属部品を軽々と持ち上げて、スムーズに次の工程へ受け渡していますね。プレス直後の熱を持った部品や、まだ切れ端が鋭利な部品など人の手には危険なものも、このロボットたちなら労災事故にはならなそうです。

ただし、工具の微妙な角度調整とか、繊細な作業はまだ人の手が必要な部分も残っていて、「完全自動」ではないようです。

でも、「どこまでロボットがやれるようになっているのか?」という問いに対して、Helixは非常に現実的な答えを提示しているなと感じます。

ヒューマノイドと“共に働く”という発想

もう一つ、会場でも話題になっていたのが、ドイツ・シェフラー社のヒューマノイドロボット。

このロボット、逆関節の足を持っていて、人間のようにしゃがむ動作もできる。まさに「人と同じ空間で、一緒に作業すること」を前提につくられている設計です。

これまでのロボットが“動く腕”だったとすれば、こうしたヒューマノイドたちは“動く意思”を持ち、人間と協調する方向に向かっています。

つまり、ロボットが単に指示された動きをこなすだけでなく、人間のいる現場や社会の中で“現実に責任ある判断を下す”ことが求められるようになってきた”ということです。

Physical AIは、ロボットがただ“動く”のではなく、現実に対して責任ある判断を下す存在になる過程である。 そのためには、仮想空間で現実と徹底的に向き合う訓練が必要になる。 つまり、デジタルツインはロボットとAIが、“人と共存するための試験場”でもある。

この構造の変化は、単に技術の話ではなく、人間とロボットの役割分担、働き方そのものに関わる話ですね。

まとめ:知能と身体を手にした“次の働き手”たち

ハノーバーメッセ2025を歩いて改めて感じたのは、ロボティクスという分野が、いよいよ“腕の進化”ではなく、“意思と責任のある行動主体”へと向かい始めたということです。

従来はXYZ座標で動かすだけだったロボットが、今は仮想空間で失敗を繰り返しながら学び、判断し、慎重に動くことを学んでいる。写真下は、マイクロソフトが展示していた協働型のロボット。机を並べてこの子と仕事をする日が来るということですね。

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それは単なるテクノロジーの進化ではなく、“働く”という行為の再定義でもあります。

Hannover Messe 2025 Insightシリーズを終えて

今回のハノーバーメッセ2025に関するInsightシリーズでは、以下の4つのテーマで現地からの観察と考察をお届けしました:

  1. All Electric Societyとエネルギー転換の方向性
  2. 水素社会構築と再エネの現実的補完策
  3. DPPとサーキュラーエコノミーによる“モノの一生”の見える化
  4. AIとロボティクスが拓く“考える機械”との協働社会

いずれのテーマも、“展示されていた技術”をただ紹介するのではなく、

  • それがどんな社会の設計図とつながっているのか
  • 企業や産業にとってどのような再定義や構造変化を迫っているのか を、構造的に読み解くことを意識してお伝えしてきました。

より深い分析や個別のご相談について

記事では現地のエッセンスをお届けしていますが、実際のセミナーやクローズドな報告資料では、

  • 特定業界に特化したテーマ別分析(自動車、エネルギー、製造業など)
  • 欧州の政策動向や関連スタートアップの追跡
  • 日本企業への影響や対応の方向性 など、より専門的で戦略的な観点からの深掘りを行っています。

こうした内容は、企業の研究開発部門や経営企画・新規事業チームの皆様にとって、 「一歩二歩先を読むための思考材料」として活用いただいている実績があります。

もしご関心があれば、お気軽にご連絡ください。 特に構える必要はありません。軽い相談や壁打ちのような形でも、お役に立てるかもしれません。

andykondo.comのお問い合わせページから、ぜひお声かけください。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。