数字では語れない巨大展示会の本質
ドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の産業展示会「ハノーバーメッセ」。私がイノベーションアナリストとして継続的に定点観測し続けている展示会の一つです。

出展者は約4,000社、来場者は12万3,000人という公式発表がありました。人が多いなと思いましたが、実はコロナ前の2019年は21万5,000人が来場していたそうで、それと比べるとまだ戻りきっていない感じもあります。
この展示会、ただ技術を見るだけの場ではありません。私はよく「未来の空気を吸いにいく場所」と表現するのですが、それくらい、産業と社会の変化が空気ごと感じられる展示会なんです。
1947年に始まり、毎年ドイツ・ハノーファーで開催されるこの展示会は、第二次世界大戦後、イギリスの支援によってドイツの産業復興のために始まったという歴史があります。もともとドイツでは展示会の年といえばライプチヒでしたが、冷戦下で東ドイツ側になってしまったため、代わりにハノーファーが選ばれたという背景があります。
とにかく広い、歩く、そして痩せる
会場はとんでもなく広いです。パシフィコ横浜の15〜16個分。Googleマップで見比べると一目瞭然です。私は1日2万歩ぐらい歩き回りました。3日間で6万歩超え。毎日、肉と芋ばかりのドイツ料理を食べ続けても太らず帰ってこられる展示会、という表現がぴったりかもしれません。
でも、そこに並ぶのは単なる「モノ」や「技術」ではないんです。
たとえば、ベルギー北部フランダース政府が展示していたのは、水素社会の構築に関する取り組み。

ドイツのフラウンホーファー研究所は、水素社会構築に向け網羅的に研究を進めていることを紹介するモデルを展示していました。

EU政府自身もブースを構え、多数のセミナーを実施。今後の新たな取り組みや方針を発信しています。

つまり、技術だけでなく、制度や社会の未来像まで含めて提示してくる。 それがハノーバーメッセのすごさなんです。
インダストリー4.0も、ここから始まった
「インダストリー4.0」という言葉。 この言葉が初めて登場したのも、2011年のハノーバーメッセでした。 そして2013年には「IoT」という言葉もここから発信されています。 世界の産業ビジョンが生まれる場所であり、新しい言葉、新しい制度、そしてそれを動かす技術が、“一緒に展示される”場所でもある。それがこのイベントの本質だと感じています。
ハノーバーメッセから見えた三つの潮流
今回、全体を通して特に印象に残ったのは以下の三つの潮流です。
1. 水素社会とエネルギーキャリアの転換
再エネ比率が高まる中で、その不安定さをどう補うか。 ドイツでは2030年までに、グリーン水素を11.3ギガワット分(原発10基分相当)生産する目標を掲げています。 さらに、9000kmのパイプラインを敷設して国外から53ギガワット分を輸入する構想まで進んでいます。
「風が強い日中に電力を水素として保存し、夜間や必要な場所で再び発電に使う」——そんな仕組みが現実味を帯びてきています。 会場の展示も、概念から社会実装フェーズへとシフトしている印象でした。
2. デジタルプロダクトパスポート(DPP)とサーキュラーエコノミー
製品にQRコードを付け、原材料・製造・使用・廃棄・リサイクルまでの情報を一元管理する仕組みです。 ヨーロッパではGaia-Xという巨大なデータインフラの下、各業界に対応した「◯◯X」が構築されています。
DPPは環境対応にとどまらず、「製品の選び方」「アフターサービス」「中古市場」など新しい経済の土台にもなります。 データに裏付けされた透明性と信頼性が、消費者の選択行動に直接影響を与える時代が来ようとしています。
3. AIとロボティクスの進化
ロボットはもはや「動く腕」ではありません。今はデジタル空間での訓練を通じて“動く意思”を持つ存在へと進化しつつあります。
BMWのHelixプロジェクトでは、ロボット導入によって労災が60%減り、工程効率が4倍に。 展示会ではNVIDIAのPhysical AIも話題を集め、センサー・カメラ・言語理解を組み合わせて自律行動するロボットが紹介されていました。
仮想空間で人格を育て、合格したものだけが現実世界に出てくる。そんな時代が本当に始まろうとしています。
なぜ、ハノーバーメッセなのか?
私にとってハノーバーメッセは、単なる製品展示の場ではありません。展示物の裏にある「制度の設計思想」や「エネルギー転換の本気度」に触れ、日本とのギャップを感じながらも学びを得る場所です。
そしてこの空気を言葉にして届けることが、私の仕事だと感じています。
誰かが発信した情報ではなく、自分の目で見て、足で歩いて、感じてきた内容を、私自身の言葉で伝える。そんなセミナーを今年も多くの皆様にお届けすることができました。
次回以降、セミナーの内容を一部抜粋する形で、ハノーバーメッセの三つの潮流を一つずつ深掘りしていきます。 それぞれが欧州の制度・技術・社会変革をどのように形づくっているのか、現地で見聞きした具体例を交えながらお届けします。どうぞお楽しみに。